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| 山崎先生の運用記です.記されている時間は特に断りのない限り現地時間です.(10月末よりは冬時間になり、UTC + 1 hr, JST - 8 hr となりました.) |
Magic Band in Sweden (28) |
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編註;先生からいただいた音声ファイル(AIFF形式)は 小生がMP3形式に編集しております.概ね100KB以下です. なおビーコンにつきましては、こちらにまとめてあります. |
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2002.10.26 (Sat)遂にこの日がやってきた。今からちょうど1年前。私はコンピューターの前で、歴史的なEU-JA Sp大オープンのニュースを見ながら、何時間も呆然としていたのである (遠かった開局までの道のり参照)。JAだけでなくEUにも「夢よもう一度」組がたくさんいると聞く。もちろん私もそのひとりだ。私に襲いかかった数々の運命のイタズラに、何としても一矢報いなければならない。今朝は、SM7XQZとしてQRVし始めて以来、最高の気合いを入れてアンテナ立てた。09:00頃にSV-VKがWeb Clusterにスポットされ、いよいよ今日の戦いが幕を開けた。まるで堰を切ったかのように、BV, VR2, A4, JA, BY, 9M2, HL, XV, VU, KG6がスクリーン上に踊る!Web Clusterを見ているだけで、その興奮が伝わってくるようだ。そう、中南部EUの興奮が、、、。 12:00頃にWeb Clusterが落ち着きを取り戻すまで、遂にSM7周辺ではバンドは開かなかった。早朝から気合いを入れてQRVしていた私は、その間一体何をしていたのか。 CQ WW DXコンテストに21MHz QRPで参加して、どうしようもない無力感と戦っていたのである。FT-817単体でコンテストに参加しながら、IC-706で常に50MHzをオートスキャンした。FT-817にヘッドホンを接続していたが、その片方は耳から外して、 IC-706のスピーカーから出る音も聞けるようした。最初は「そんないい加減な方法で十分ワッチできるのか?」と私自身不安だったが、その心配は悪い意味で全くの杞憂であった。11:10頃、50.120近くで一瞬CWが聞こえ、その直後にUN1SIX/Bと思われる ビーコンを数秒間だけ受信した以外は、IC-706のスピーカーからは何のシグナルも聞 こえてこなかった。ローカルのbig gun連中のCQさえも、、、。東方向の祭りが終わり、一旦はペースダウンしたWeb Clusterであったが、今度は南からの客がやってき た。14:00頃からZS各局がEUに上陸し、縦横無尽に走り回っている。そう、北部EU以外は、、、。I某局は「バンド中フルスケールのZSだらけ」などと書き込んでいる。 今日はバンドだけでなく、私の心も完全に冷え切ってしまった。まるで、それを象徴するかのように、SM7では午後から冷たい霧雨が降り始めた。 |
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2002.10.27 (Sun)EUは今日から冬時間となった。一般的には「寝る前に時計の針を1時間遅らせる」と言う。昨夜寝る前に、「そうか、今夜は1時間長く眠れるな!」と喜んだが、よく考えてみれば、冬時間だろうと夏時間だろうとバンドのコンディションには関係ない。 つまり、今までと同じ時間にワッチを開始するには、時計の上では1時間早く自宅を出る必要がある。結局、睡眠時間は全く変わらなかった。昨日から降り続く霧雨の中、早朝からアンテナを立ててみたものの、相変わらず聞こえてくるのは雑音だけ。 東方向にバンドが開いたのは、またしても南部EUだけのようだ。今日は中部EUさえも仲間はずれにされている。ましてや北部EUなどさらなりである。図らずして、昨日と同様にデュアルワッチ(?)をしながら、CQ WW DXコンテスト2日目に参加する結果となった。結局、50MHzでは何のシグナルも聞かぬまま夕方QRTとなったが、6階の研究室へ戻ってきて驚いた。午前中まで閑散としていたWeb Clusterが、6W4RKと TR8CAの入感で大盛況ではないか。もちろん、午後からはビームを南へ振ってAF各局 を警戒していたが、私には何も聞こえなかった。どうやら、6W4RKはDL、TR8CAはOZま でで止まってしまったらしい。既に氷のように冷えていた私の心は、一気に氷点下の世界へ突入した。いつしか、外は大粒の雨となっていた。 |
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2002.10.28 (Mon)早朝に立てたアンテナを、何もせずに12時間後に下ろす。それは最高に空しい行為である。 |
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2002.10.29 (Tue)「F2 Where is it? Maybe next cycle?」とI某局が書き込めば、「Yes CU all 2009! 73!」とVK某局が答える。Web Clusterも開店休業の状態だ。早朝にUK9AAがJA で入感したと聞いたときはかなり期待したが、期待は期待のまま終わってしまった。 |
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2002.10.30 (Wed)「今日も東方向は無理だ!」私はアンテナを立てる前から半ば諦めていた。早朝に研究室に着き、まずWeb Clusterをチェックするのが日課となっている。春のシーズン中の経験では、早朝の時点で中央アジア、東南アジア各局のレポートが全く見られない日に、東方向にバンドが開いたことはほとんどない。果たして、私の読みは見事に的中してしまった。 |
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2002.10.31 (Thr)今日は定例のミィーティングがなく、いつでもQRVできるというのに、バンドは完全にお休み状態であった。I, EAから9M, VKが単発でスポットされたのみ。 |
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2002.11.01 (Fri)何だか早起きするのがバカらしくなってきた。今日唯一の盛り上がりは、9N7SZ八原さんが5Bからレポートされた瞬間であった。そんな遠くの出来事にさえ心を動かされるほど、最近の北部EUのコンディションは低迷している。 | ||
2002.11.02 (Sat)ここ数日の様子から、今日も東向きは開かないと予想した(諦めた)。とは言え、何 が起こるかわからないのがmagic bandである。仕方なく(?)10:00にワッチを開始 してみたが、やはり何も聞こえない。「自宅でのんびりしていた方が良かったので は、、、?」徐々に後悔の念が押し寄せてきた。しかし、「何事も攻めの姿勢が重要 だ!」と自分自身に言い聞かせ、21MHzで時間をつぶしながら50MHzのオープンを信 じて待つことにした。先週末と同様に、50MHzをオートスキャンしながら21MHzに QRVしていると、昼頃に3XY7C(ギニア)が50MHzのWeb Clusterに登場した。例に よって南部EUから入感が始まり、徐々に北上するパターンだ。もちろん、21 MHzなど すぐに中断して、50MHzで3XY7Cを迎撃する態勢を調えた。ところが、期待も空し く、3XY7CはPA, DLまではやってきたものの、OZに届く直前でお帰りになったらし い。今までの経験では、AF各局の北上が止まり、一旦南下を始めたら最後、二度とパ スが北上することはない。「今日はもうバンドは開かない!」私はそう確信した。す ぐに帰宅することも考えたが、せっかく週末に出てきたのだからと、もう少しだけ衛星と21MHzにQRVすることにした。折しも21MHzではXY1M米塚さんがQRV中で、結構なパイルになっている。とてもFT-817単体の5W QRPでは太刀討ちできない。そこで、 私は21MHzのアンテナ(IV DP)をIC-706に接続し(反対に50MHzのアンテナは FT-817に接続)、100WでXY1Mをコールし始めた。ピックアップされるかどうか微妙な大きさのパイルで、しばらくの間そのスリルを十分に味わった。結局、何回呼んで もコールバックはなく、15:30頃にそろそろQRTを考え始めた。「最後にもう一度50MHzをワッチしてから帰るか」とFT-817のダイヤルを回すと、バンドの下の方でCWが聞こえているではないか。ローカルではない!雰囲気的にDX局だ!すぐに50MHzのア ンテナをIC-706に付け替えてワッチすると、50.103で強いCWが軽快に聞こえている。 「これ、どこ?」耳を澄まして待つこと数十秒「3XY7C, 3XY7C,,,」。見事な復活で あった。up 3のスプリット周波数へダイヤルを合わせたが、誰もローカル局はコール していない。「まだ誰も気付いていない!」、「これはもらった!」完璧なタイミン グでコール、と思ったが、スプリットのスイッチを入れ忘れ、思いっきりオンフレでコールしてしまった。「落ち着け、落ち着け」そう口に出してはみたが、久しぶりのオープンに私は完全に我を忘れていた。テープレコーダーの操作を間違え、さらに余計な時間が浪費される。「これで準備は万端だ!」と思った次の瞬間、無情にも 3XY7Cのシグナルは一気に弱くなり始め、あっと言う間に559が519となってしまった。「ああ、待ってくれ!」必死になって何回かコールしてみたが、時既に遅く、 ピックアップされるのは中南部EUばかり、、、。徐々にフェードアウトしていく 3XY7Cを聞きながら、「まあ、これもmagic bandだよ」と自分自身を慰めることにした。ところが、気分転換に6階へ下りた私は、まるでカウンターショック(心停止の患者に用いる電気ショック。馬に蹴られたぐらい痛いと聞いたが、私自身は蹴られた ことがないのでよくわからない。)を食らったかのような錯覚に陥った。何と、 3XY7Cは私がその存在に気付く30分ほど前から、EUのほぼ全域で強力に入感していたのである。それは、ちょうど私が50MHzと21MHzのアンテナを付け替えて、XY1Mのパイルに参加し始めた頃であった。私はバンドがオープンしたばかりの瞬間を捕らえたと思っていたが、実は大オープンの最後の一瞬を聞いただけであった。3XY7Cのオペレーターは毎分数局のペースでテンポ良くパイルをさばいていたため、そのときワッチしていた局はほとんどQSOできたのではないだろうか。SM7でフェードアウトしてからも中南部EUでは引き続き入感していたらしいが、最後の方はCQを連発していたそうだ。私がコールしたときにローカル各局が聞こえなかったのは、「まだ誰も気付いていない」のではなく、「私だけが完全に出遅れた」ものと思われる。自分の不注意から絶好のチャンスを逃したことを知り、私の後悔は言葉では言い表せないほど大きかった。所用でワッチできなかったのならば諦めもつく。昼過ぎにQRTして帰宅してしまったのなら仕方ない。しかし、私はその瞬間に屋上にいて、リグの前に座っていたのである。私の唯一、かつ最大の過ちは、FT-817で50MHzをオートスキャンしなかったことである。「油断大敵」それは今日から私の座右の銘となった。 |
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2002.11.03 (Sun)今朝は「ふたつのリベンジ」を胸に秘め、研究室へと向かった。最初のリベンジは、言うまでもなく50MHzに対するものである。今日も10:30頃のVKに始まり、A4, VU等が中南部EUを騒がせている。これに3XY7C, 6W4RKも加わり、Web Clusterは大混乱で ある。しかし、北部EUは無風快晴、まるで別世界に住んでいるようだ。昨日の教訓を もとに一瞬たりとも油断しないようにワッチを続けたが、11:50頃に50.110付近で一瞬CWが聞こえた以外は、何のシグナルも聞こえなかった。昼過ぎからオーロラの活動が盛んになり、Web Clusterでも50 MHz, 144MHzの両方でAuがレポートされた。「せめて、この傷ついた心を女神に慰めてもらおう」とアンテナを北へ振って彼女を待っていたが、SM7では最後までAuは確認できなかった。かくして、50MHzに対するリベンジは、残念ながら見事な空振りに終わった。さて、もうひとつのリベンジとは何か。それは、21MHzのXY1Mである。こうなった以上、是が非でもQSOしなければ気が済まない。15:00頃から21MHzをワッチすると、タイミング良くXY1Mが聞こえてい る。パイルも昨日とほぼ同じ大きさだ。50MHzにも細心の注意を払いながら(ここが重要!)、21 MHzでXY1Mのパイルに参加した。「一声入魂!」それは気合い勝ちであった。数回目のコールに応答があり、こちらは見事リベンジを果たすことに成功した。残すは、50MHzへのリベンジだ! |
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| 【編註】浮気の代償は大きかったですね.(笑) |
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Tomio YAMAZAKI, M.D.(SM7XQZ esJG2GSY) & Hideki SUZUKI, M.D.(JN1BPM) ,2002