1996年8月27日 21MHz小諸市移動記

6mマンを自負する私が「21MHz移動」を行った.
しかもJA1HWOの21MHzWACA完成を担う大仕事!
その顛末やいかに?



突然の21MHzQRV計画

96年の夏、突如ローカルの足利市JA1HWO菊地さんから、電話をいただいた.聞けば、21MHzで残り1市になったとのこと.菊地さんはすでに7,50MHzでもWACAを完成させており、完成すれば前人未踏の大記録、3Band-WACAであろう!確か年初頭では、残り一桁になっていたので、冗談交じりに「最後の一つは、近くであれば、私が行きましょう!」などと言っていたのだが・・・・「どこが残ったのですか?」「長野の小諸市です.」
むむむ、確か小諸までは上信越道が開通(当時は小諸が終点だった)しているし、ちょうど妻とドライブがてら、軽井沢にでも行こうと思っていたし(当時はまだ新婚だったのだ!)、菊地さんには古くから世話になっているので、「やります!」と伝えてしまった.菊地さんと、打ち合わせて8月27日に移動を行うことになった.

しかし、私は6mマン.21MHzの免許を下ろしてはいるが、1990年に小笠原父島移動(JN1BPM/JD1)で21MHzをやった程度で、殆ど経験がないし、興味もなかった.アンテナもない.距離的にはモービルホイップでもできそうな感じもするが、さりとてこのために購入するのもねぇ.しょうがない、DPでも作るかな?と思ったが、面倒なので、確か共同研究でお世話になっている7K4MIB嶋本助教授がモービルホイップを持っているのを思い出し、連絡をとると、「アイソトロンっていう、短縮型のアンテナがあるから、貸してあげるよ.CQ誌のT-Zoneの広告に載ってるよ.周波数を決めて、調整すれば簡単にQRVできるよ.」との話.大きさも30cmくらい!だそうで、こりゃお手軽移動にはいいな、ということで借りにいった.(普段の6mの移動と比べて、まったく気合いが入っていない.)

しかし実物を見てびっくり!おいおい!本当にこんなアンテナで飛ぶのだろうか??

小諸といえば、私の上司のJA0NZR冨岡先生の出身地.(現在、小諸市に在住です.)さっそく電子メールで、最適の移動地を問い合わせると、「簡単にやるのなら、佐久インターをおりて、北上すればすぐ小諸市だから、見通しの良い畑の中でやるのが一番では?小諸インターは、足利市側に山があるので、標高はあるがたぶんダメかも」ということであった.素直にこの忠告を受ければ良かったのだが・・・・

当時の家の車は、3ナンバーの普通車であった.バッテリーから電源を取ることを勘案し、また足利とやるのは10Wもあれば十分だろうということで、一線を退いて眠ったままのTS670を引っぱり出してきた.さぁて、できるかな?

飛ばない!!

  27日朝、案の定、雨!「見えるラジオ」で交通情報を確認すると、碓井〜小諸間では雨で速度制限である.そんなわけで約20分予定より早く出発した.上信越高速を一路西に向かうと、はやり雨足が強くなり、碓井軽井沢インター付近では「霧」が発生!嫌な雰囲気である.11時頃、当初の計画を変更し、グランドウェーブは、高いところのほうが良いはずだという考えのもと、標高稼ぎと、小諸インターまで高速道が延びたので全線制覇しようという、ちょっとした野心で、NZRの忠告を無視して、小諸インターへ.早く決着をつけて軽井沢に行こうと妻に話していた.しかしNZRの言うとおりインターからは足利方面に山があり、ここからは望み薄・・・地元の意見には素直に従った方がよい.インターから北上し、菱野温泉の近くでQRVすることにする.ここは関東のFMラジオ局もばっちり入感していたので、ロケはよさそうだ.
アイソトロンアンテナを上げる. しかしアイソトロンは短縮アンテナのため、調整が難しく、アンテナの高さを変化するとSWRが大きく変化してしまう.これには難儀.試行錯誤を繰り返す.アンテナの高さも50cm違うと全然だめだ.
しかも、そこがどこかの林間学校の庭だったのか、車を乗り入れて、なおかつアイソトロンなんて奇妙な?アンテナを上げ下げしていたため、管理人のオジサンが見に来てしまう.妻を連れて、車で乗り付け、怪しいアンテナを雨の中で上げて、(しかも立てる場所がなく持っていたのである)いたのだから十分奇妙である.民間人にすれば、「何者?」と思うのは当然か.「アマチュア無線やってます.すぐに帰りますから・・」といったら、「あ、そう! 何やってんのかな?と思ってさ.」といって、アイソトロンをしげしげと見ながら、帰っていきました ホッ・・

 11時30分頃、JA1HWOがこちらを呼んでいるのを受信して、コールするがこちらの声は届かない・・・(くそ〜〜!だめかぁ〜!!)VKは良く入っているんだが....  12時まであれらこれやと調整を繰り返すが、ダメだった!アイソトロンに10Wじゃだめなのかな?

 ここでは携帯が使えた(注:当時まだ携帯のインフラが整っておらず、デジタル携帯は使えない地域もあった.)ので、嶋本助教授の研究室に電話 「今、やってるんですけど、聞こえてませんかね?」「ぜ〜んぜん!!」てなわけで、その場所での続行をあきらめ、「平地でやります」と助教授に伝えて下山. 「すぐにできるから」と妻にいっていたが、この分ではできそうにもない・・・・無線ヲタクの面目まるつぶれ! ドライバーを妻に変更し、助手席でQRVできそうな場所を探す.平地では地図の上からは足利方面に、良さそうな場所はない.で、結果、平地でやるより、以前JO1HQQ土井内先生といったことのある高峰高原に急遽変更!妻の運転で、2000m付近まで疾走!妻は私より運転がうまいのである.HFとはいえ、高いところに行けばなんとかなるだろう!

決着!

 12時50分到着 .車坂峠の手前の直線は、濃霧! 道ばたに車を止めてアンテナを再度組立てる .ここは2000mにもかかわらず携帯電話は通じる.嶋本助教授に電話して、今、予定を変更し高峰高原にいることを伝える .(ここでのバカ話・・AMでハングルが聞こえるので、「おいおい、ここは韓国の放送まで聞こえるのか!そんなバカな!」と思っていたらNHK教育のハングルニュースと自宅に帰ってきてから判明・・・)  

アンテナをあれこれいじってみる.あいかわらずSWRが定まらない.(左の画像は、この調整風景にいらつくさまを妻がQV-10で撮影したもの.ご覧ただくとわかるのだが、下の金属棒の角度を変えて、共振点を変化させる構造.SWRが下がったポイントで固定し使用する.あたりは霧.)こんな小さなアンテナで21MHzにでられはするが、やっぱりダイポールにすればよかったなと後悔する.霧もSWRに影響を与えているようだ.8月なのに、外はめちゃくちゃ寒いし.あーあ、ここでもだめか・・・と思った矢先、妻が「聞こえるよ!」と教えてくれた.菱野温泉近くで聞いたHWOの声より強い!しかし届くかな・・・・ えーい!必死のコール! ・・・ 応答があった!なんとか苦しいながらも21.315MHz 13時04分 51-41で交信成立!!
ついにJA1HWOは日本初と思われる7,21,50MHzでの3-Band WACAを完成しました!!

50MHzを含めて、WACAの最後の局になったのは初めての経験でしたが、正直、ほっとしました.... 結果を助教授に電話で報告し、下山・・  これで妻には「無線は変」という印象を更に植え付けたようです.また短縮アンテナの、難しさが骨身にしみました.アイソトロンはまさに「愛想取ロン」、移り気なアンテナで困りました.(そのうちT-ZONEの広告からも姿を消しました.きっと不評だったのでしょうね.)

車中で、QSLカードをしたためて、記念に小諸市内の郵便局から、小諸市の消印がつくように投函しようとしたものの 、これがまた、「必要な時には郵便局が見つからない」ようで、市内をグルグル走り回ること、1時間位後に 、やっとのことで簡易郵便局を見つけました・・・  疲れた〜!!
軽井沢に行く時間が短くなってしまい妻には大いに不評でした.21MHzは疲れるなぁ.

 やっぱり私は50MHzが好きです.


JA1HWO菊地さんは、この後、21MHzでWAGAも完成され、
7,21,50MHzで、WACA/WAGAを完成させるという大偉業を達成されました.
菊地さんのホームページは、こちらです.

この移動から得られた教訓は・・・
地元局の情報は信憑性が高い!
やっぱり短縮アンテナは、調整が非常に難しい!
無線の移動といえど、携帯電話は役に立つ!

この後ほどなく、
私と長い間連れ添ったTS670は突如として電源が入らなくなり
昇天してしまいました.
この小諸移動が最後の大仕事でした.

TS670は以来、部屋の片隅に眠ったままでしたが、
思わぬ形で復活を遂げます.
古豪TS670の活躍こちらもご覧下さい.


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