A Small Expedition in TF (アイスランド): TF/SM7XQZ/P運用記

2002.08.10 (Sat) -17 (Sat) の9日間、学会に参加するためアイスランド(TF)のレイキャビクに滞在する機会を得た。その間、TF/SM7XQZ/PのコールでUO-14に QRVし、多くの感動を味わうことができた。以下はそのときのエピソードである。



準備編

TFの人口は約28万人と非常に少ないため、アマチュア無線のアクティビティーはそれほど高くない。もちろんUO-14では一度も聞いたことがなく、私がTFからQRVすれば、new entity, new grid squareを各局にサービスできるのではないかと考えた。 しかし、珍entityであるTFがUO-14に出ようものなら、多くの局が一斉にコールして大混乱になる可能性がある。十分な強さのuplinkを送らないと、その場の状況をコントロールできないかもしれない。本格的な固定機とアンテナを持って行けば何の問題もないことはわかっているが、ホテルの詳しい様子がわからず、アンテナの設置場所(運用場所)と電源のことを考えると、不確定要素が多すぎると判断した。そこで、得意のお手軽移動の範囲内で、最大限のパフォーマンスを引き出す計画を立てた。uplinkはFT-90 (20W) + 3ele八木、downlinkはFT-51 + 6ele八木と決めた。 アンテナは、JAMSATのホームページに出ている500円八木アンテナをクロスにセットしたものである。問題となったFT-90の電源は、14 V, 7.2 Ahrの大型ニッカド電池(5 cm X 10 cm X 15 cm)を購入し、FT-51の電源は乾電池とした。私の経験上、手持ち八木でuplink 20 Wを直接UO-14に向ければ、QRMにつぶされる可能性は(ゼロではないが)かなり低くなるはずだ。これで準備は整った。

2002.08.10 (Sat)

いよいよTFへと出発する日がやってきた。完璧な準備をしたとは言え、お手軽移動にはハプニングが付き物である。(それがまた楽しい!)「現地ではどんなハプニングが起こるのだろうか?」期待と不安を胸にTFへと旅立とうとした私であったが、何とレイキャビクへ着く前に、早くもコペンハーゲン空港で最初のハプニングが生じた。 大型ニッカド電池が空港の手荷物検査で引っかかったのである。事前に問い合わせたところでは「希硫酸が入ったバッテリーでなければ機内へ持ち込める」と聞いていた。「これは単なる大きな電池だ」と説明したが、係りの人はすぐに私を通してくれなかった。X線で内部の様子がよく見えないことが、係りの人を困惑させたようだ。 別の係員も出てきて、真剣な表情で何か話し始めた。私のせいで手荷物検査は完全にストップしてしまった。数分後、やっと彼らの結論が出たらしい。ひとりが私のところにやってくる。緊張の一瞬だ。その係員は微笑みながら、ひとこと「OK!」と言った。私はその間、「No!」と言われた場合、どうやって現地で電源を調達しようかと考えていたが、その心配は杞憂に終わり、ホッと胸をなで下ろした。 レイキャビクのホテルへ着いてすぐに、周囲を散策してお手軽移動に適した場所を探したところ、運の良いことに、ホテルの近くに広い高台の公園があった。公園のすぐ北側は民家が並んでいるが、どうせTFより北には誰も住んでいない。東西と南に開けたその公園がTF/SM7XQZ/Pの運用場所と決定した。次に本屋へ行って地図を買い、運用場所のgrid locatorを割り出した。あとはいよいよQRVするだけであったが、この日は既にQRVできるパスがなく、楽しみは翌日へ持ち越しとなった。

アイスランドは北米プレートとヨーロッパ(ユーラシア)プレートがわき出てくる境目に位置しています。この写真の谷間こそがプレートの境目になっていて、手前側が北米、向こう側がヨーロッパプレートです。両者は毎年4センチずつ離れているそうです。

2002.08.11 (Sun)

滞在2日目。夕方に仰角26度の絶好の東パスに初挑戦することにした。EUのほぼ全域がwindowに入る計算だ。いつも日曜日のこの時間帯には多くの局がQRVしている。このパスでパイルを浴びるか、無視されるか、それともつぶされて終わるか、今後を占う意味でも重要なQRVとなる。緊張しながら準備をしたためか、いつもよりセットアップに時間がかかり、パスの最初の3分を逃してしまった。急いでワッチを開始すると、予想通りの混雑ぶりである。シグナルが切れる瞬間を待ち、意を決してCQを出す。「CQ sat, TF/SM7XQZ/P in Iceland.」そして緊張のスタンバイ。次の瞬間、何局かの興奮した声が飛び込んできた。「TF/SM7XQZ/P, this is HB9OAB.」彼は最近アクティブなHB9のDXerで、UO-14と50 MHzで各1回QSOしたことがある。彼が興奮しながらコールしてくれたという事実に、私は自信を持った。次にコールしてきたのはOK1CDJ。初めて聞くコールサインだ。最近QRVし始めた局か、それともずっと息を潜めてワッチだけしていた超DXerなのか。さらにコールは続く。「TF/SM7XQZ/P, OZ1MY.」待ってました!彼はEU屈指のUO-14 DXerである。その彼がコールしてくれたことで、私の自信は確信へと変わろうとしていた。「Enjoy your stay!」別れ際の彼の言葉が、私をさらに勇気づけた。その後もDG1DWL, LC7CA, OH8GFAと続き、LOSまでの4分間で6局とQSOした。これはEUでは超がつくほどのハイペースである。今後もパイルアップが期待できそうだ。私は満ち足りた気持ちで北の空に沈むUO-14を見送った(見えないけど)。

「さあ、片付けだ!」帰り支度を始めようと振り返ったところ、大柄の男が私のすぐ背後に立っていることに気が付いた。私のことを興味深そうに見ている。このような状況に関しては、私は既に百戦錬磨と自負している。どうせ「何をしているのか?」と聞かれることはわかっている。最も大切なことは、相手によって答え方を変えることである。お年寄りや小さな子供に「衛星を介してアマチュア無線をしている」などと言っても、彼らには理解不能である。私は瞬時に、しかし注意深くその男を観察した。年齢は40才前後。服装はヨレヨレのTシャツであったが、優しそうな笑顔と賢そうな目が印象的だ。「この男にはアマチュア無線と言っても大丈夫だろう」私は2秒で結論を出した。「これはアマチュア無線です」その男が何も言う前に、こちらから先制攻撃を仕掛けてみた。ところが、その男の反応は、私の予想の範囲をはるかに超えていた。「ああ、わかってるよ」、「どの衛星にQRVしたんだい?」完全に言葉を失った私に、彼は微笑みながら右手を差し出した。「TF3EZTです」感動のeye ball QSOであった。彼と20分ほど立ち話をして、TFのアマチュア無線事情について少し話を聞くことができた。TFで今までに発行されたアマチュア無線の免許の数は約100枚(局)で、そのうち現在アクティブにQRVしているのは30局前後とのことであった。アクティブな局のほとんどがHFにQRVしているため、TFにおけるVHF, UHFのアクティビティーは異様に低く、衛星に至ってはほとんど皆無と聞いた。彼は私が使っているFT-90と手作りのアンテナに非常に興味を持ったらしく、色々と技術的な質問をされた。最後に「今からローカル局のところへ遊びに行かないか?」と誘われたが、残念ながら研究室の同僚と夕食の約束があり、もう一度固い握手を交わして別れることとなった。

Geysirと呼ばれる間欠泉です。
数分ごとに爆発するかのように熱湯を吹き上げます。

2002.08.12 (Mon)

滞在3日目。今回も夕方の最大仰角20度の東パスでEUを狙う。AOSの瞬間から既にかなりの混雑ぶりであった。延々と「Hello, Hello」を繰り返すバカもいて、なかなか声を出すタイミングがつかめない。一瞬の切れ間を逃さずにCQを出すと、S56HCEが呼んできた。彼はS5で最もアクティブな局で、DXingに興味を持っている。もちろんすぐにコールバックしたが、AOSの瞬間から続いている修羅場の喧噪に巻き込まれてしまい、彼のシグナルは2度と確認できなかった。今回のパスは、TFをサービスするには不向きであると悟った。なぜなら、多くの局は、私が珍entityであるTFからQRVしていることにさえ気が付いていない。それでも、修羅場のスキをついて、何とかON4CJQ, DO8EFとQSOを成立させることができた。 次のパスにも連続してQRVする予定であったが、アンテナを組み立てている途中で、同軸ケーブルの給電部に破損を発見した。予備のケーブルも用意していたが、ホテルに置いてきてしまった。ホテルと公園は往復10分の距離だ。今から予備のケーブルを取りに帰っていたのでは間に合わない。QRVは諦めざるを得なかった。お手軽移動で久々の失敗となった。

2002.08.13 (Tue)

滞在4日目。学会主催のパーティーがあり、QRV しなかった。

アイスランドで最も美しいとされる滝Gullfossです。

2002.08.14 (Wed)

滞在5日目。夕方に2つの東パスに続けてQRVした。最初のパス(最大仰角28度)でAOS直後にCQを出すと、間髪を置かずOH5LKからコールされた。OZ1MYと肩を並べる有名DXerからのコールだ。緊張しながらQSOを終える。続いて、いつもよく声を聞くRA3ECSP2XDQからも声が掛かる。彼らもコールしてくれたことが嬉しかった。 この日2回目のパス(最大仰角77度)は非常に多くの局でごった返していた。 私のCQにF1某局が何度もコールしてきたが、彼のシグナルは毎回QRMにつぶされてしまい、最後までコールサインを確認できなかった。パスの後半、南部EUのうるさいラテン系のやつらがwindowから外れると、UO-14は途端に静かになり、DO8DW, G7NFOとコンタクトしたところでLOSとなった。

国中が火山だらけのアイスランドでは、
一面に溶岩が広がった場所をあちこちで見かけます。


2002.08.15 (Thr)

滞在6日目。初めて午前中の東パス(最大仰角47度)にも出てみた。北から南下するパスのため、TFが先にUO-14のwindowに入る。AOSと同時にCQを出すが、最初の2分はEU大陸がwindowに入っていないため、誰からも応答がない。この日最初に私のCQに応答してきたのは、前日にQSOしたはずのOH5LKであった。いわゆる保険QSOである。私は、OH5LKが保険QSOをするほどTFは珍しいentityであり、かつ、今回のTFからのQRVは、私が予想していた以上に重要なexpeditionであることに気が付いた。続いてOH5HXKからもコールあり。UO-14のwindowが南下するにつれて、EU中部、南部のentityも聞こえ出す。知り合いのPA5RWEを発見し、こちらから声をかけると、彼は驚いて取り乱してしまった(笑)。PA5RWEとのQSO直後、パスが最大仰角をわずかに過ぎたときであった。一斉に5、6局からコールを受けた。互いにつぶし合っているためコールサインが一部しかコピーできない。何とかON7CL, ON7TFI, F1ICS, S56HCE, F1UFWからのコールを確認し、それぞれ必死に応答したが、マナーの悪い局からの激しいQRMに巻き込まれ、彼らとのQSOはどれも中途半端で終わってしまった。

滞在中ホエールウォッチングのツアーに参加しました。
アイスランド周辺の海には
多くのクジラやイルカが住んでいます。


2002.08.16 (Fri)

滞在7日目。午前中の東パス(最大仰角32度)にQRV。今回も最初の2分間は人間ビーコン状態であった。DO1GUT, UA3WIAのUO-14常連局から声が掛かる。前日と同様に、UO-14が最大仰角付近に達すると同時にパイルとなった。「うわっ、またつぶし合いか?」と心配したが、今回のパイルは非常に整然としていた。みんな私からのコールバックを待ってスタンバイするではないか。「今私をコールしている局は、マナーの良いDXerばかりだ!」、「何としても全員とQSOを成立させたい!」私は気合いを入れてパイルをさばき始めた。EA4EKHとQSOした直後、少々興奮したEA5AAJの声を私の耳が捕らえた。彼のシグナルをUO-14で聞くのは初めてであるが、彼とは50MHzで一度QSOしている。それは、私の記念すべき50MHz 1st EAであった。おそらく彼にとって、私がUO-14における1st TFとなることだろう。「あのときのお返しがしたい!」私はバッチリのタイミングで彼をコールバックした。しかし、私のuplinkはきれいに通ったにもかかわらず、彼からの応答がない。もう一度コールしてみたが結果は同じであった。おそらく受信アンテナの偏波面が合っていないのだろう。衛星は時間に限りがあるため、いつまでも彼を待っていられない。仕方なく他局をピックアップすることにした。今まで2回コールしてくれながら交信が成立しなかったS56HCEをコールバック、今度こそQSOは完結した。さらに、G, F数局が私を呼んでくる。そんなパイルの中、私はEB8AYAのシグナルを聞き逃さなかった。彼はUO-14では唯一のEA8(カナリア諸島)局である。今回の一連のQRVで、QSOできた最南端となることは間違いない。迷わず彼を選んで応答した。コールバックした瞬間、彼がどれほど興奮していたか、そのパスを聞いていた人ならば、みな目に浮かんだことだろう。あと1分弱でLOSという頃、再びEA5AAJからのコールが聞こえた。必死に応答しようと試みるが、今度は私のuplinkが通らなかった。 EA5AAJとのQSOが成立しなかったことは、私にとって少なからずショックであった。

「何としても彼と交信したい!」私は予定を変更して、次の西パスにも出ることを決めた。TFにおいて最大仰角76度の西パスは、EU大陸から見ればかなり地平線に近くなる。(後日計算したところ、EA5からは最大仰角10度、TFとのcommon wondowは約3分であった。)そんなパスには、DXingに興味のない局は出てこないであろう。また、私はEA5AAJの受信能力から、彼は単一偏波面アンテナを仰角固定で使用していると予想した。ならば、仰角の低いパスは彼にとっても好都合のはずだ。あとは、彼がワッチしていることを祈るだけである。期待と不安が交錯するQRVとなった。当然のことながら、パスの前半は全く誰も出ていない。人間ビーコンを5分間演じながら、EU大陸がwindowに入るのを待つ。最大仰角直前で、誰かがコールしてきた。しかし、シグナルが弱く、コールサインがコピーできない。何回かQRZを出し、やっとDG0BBEを確認した(DG0BBEから届いたそのときの録音)。彼もアクティブなsatelliterである。ミスコピーされたコールサインを訂正するのに少々手間取ったが、無事QSOは成立した。そして、その直後であった。「TF/SM7XQZ/P, this is EA5AAJ!」先ほどよりもはるかに強く、かつクリアーなシグナルが飛び込んできた。私の気持ちが彼にも通じたようだ。彼は私を待っていてくれた(と私は信じている)。予想通りQRMもなく、ゆっくりと味わうようにQSOを進めた。「Thanks new one!」彼の別れ際のひとことを聞いた瞬間、遠くから重い荷物を持ってきた苦労など、どこかへ吹き飛んでしまった。 午前中の勢いをそのまま維持しながら、さらに夕方の東パス(最大仰角40度)に出ることにした。南から上ってきたこのパスは、既にAOSの時点で、マナーの悪い局で大混乱の状態であった。パスの後半でCQを出し、先日QSOしたPA5RWEから声が掛かったが、互いにひとこと挨拶するだけでも一苦労だ。その後、G7VGM, F5JSDのCQを発見。これら2局は、午前中のパスで私をコールしていてくれた。そのとき応答できなかったお詫びの気持ちを込めて、今度はこちらから彼らをコールした。G7VGMとは無事QSOが成立したが、F5JSDとのQSOはQRMに邪魔されて、中途半端で終わってしまった。

ドルフィンのジャンプをカメラに収められました。

2002.08.17 (Sat)

滞在8日目。午後のフライトでレイキャビクを発つ。午前中に2つの東パスに出て、TF/SM7XQZ/Pは完全にQRTとなる。最初のパス(最大仰角22度)では、AOSと同時にRW3DVGのCQが聞こえてきた。これに応答すると、TFからのコールに驚いた様子で、「是非QSLをよろしく!」と念を押された。次にF5JSDのCQが聞こえた。3度目の正直とばかりにコールしたが、今回もいまひとつはっきりしないQSOとなってしまった。その直後、F1ICSからコールあり。彼も一度QSOし損なっている。今度は確実に交信を成立させた。例の如く、UO-14が南下するにつれてマナーの悪い局が増え、うんざりしたので、後半はワッチに徹してしまった。 TFにおける最後のパス(最大仰角77度)は閑散としていた。例によってパスの最初で人間ビーコンと化していると、既にQSOしているDO8DWから声が掛かった。他に出ている局がいないため、しばらく2人でラグチューして時間をつぶした。天頂付近でGR2NSCのCQが入感したところでDO8DWがコール。彼が「そのコールサイン何?」と聞いたところ、ロンドンのNational Space Centreの特別記念局とのことだった。私もGR2NSCをコールしてQSOを終えた。その後、新たに現れる局はなく、「これでTF/SM7XQZ/Pも終了かな?」と思っていたところへ、OZ1MAXがQRVしてきた。彼とのQSOの直後にLOSとなり、私のTF移動運用はすべて幕を閉じた。8日間のTF滞在中に計10パスにQRVし、15 entities, 40 QSO(不完全QSOを含む)という結果となった。平均して1パスあたり4局と交信したことになる。最近のEUのUO-14の現状を考慮すれば、これは高く評価できる数字であると自画自賛している。

レイキャビク郊外の風景です。
険しい山が海岸線まで迫っています。



■追伸1: マルメに戻ってから気が付いたのだが、何と、OH5LKがWeb ClusterにTF/SM7XQZ/Pを3日連続してスポットしていた。それがパイルアップの一因であったのではない だろうか。また、DO8DWからはスケジュールを依頼するメールが届いていた。(そのメールの存在はTF滞在中は知らなかったが、彼とは無事QSOすることができた。)

■追伸2: TFはEUとW, VEのほぼ中央に位置するため、仰角の低い西パスにQRVすれば、W, VE東海岸がwindowに入る。当初はW, VE各局とのQSOを狙って西パスにもQRVする予定であったが、TFの気候がそれを許さなかった。私の滞在中に絶好の西パスが数回あったが、それらはどれも夜遅くのパスであった。まだ8月中旬であるにもかかわらず、さすがは「氷の島(アイスランド)」と言うだけあって、日中の最高気温が12度前後と既にかなり低い。さらに、夕方からは強い海風が吹き付け、日没後の体感気温はほとんど真冬のようであった。薄手の上着しか持って行かなかった私は、その寒さに耐えられず、W, VEは幻と終わってしまった。

■追伸3: マルメに戻ってから1週間後、TF滞在中にQSOしたS56HCEからSASEが届いた。SASEをもらうのは私の無線人生で初めてのことであり、これには少なからず感動した。



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